ぺーぺーぷーぷーな日々

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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神:M.ヴェーバー


子どもの頃から、「将来何になりたいの?」ときかれるのが苦痛でした。


プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)


私は、仕事に対して、あまり妄想を持たないことにしています。
仕事はそもそも食うための手段だ、ということを第一義的に考えるようにしています。

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先週末、ふと思い出して、久々に「プロ倫」を読んでみました。
詳しい理解はさておき、私がこの本を読んで強く印象に残っているのは、


「天職」なんていう概念は、作られたものだ。


ということ。


もっとも、M.ヴェーバー


「だから天職なんてものは嘘っぱちだ」


と言っているわけではなく、論考の最後の文に

精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のものは、人間性のかつて達したことのない段階にまですでにのぼりつめた、と自惚れるだろう。


と書いたりして、金儲け主義に走る資本主義社会を嘆いているわけだから、
むしろ、M.ヴェーバーは「天職」概念が好きなのかもしれない。


そういえば「職業としての政治」の最後には、

どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自身のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。
〜「職業としての政治」〜


と述べているくらいだから、やっぱりM.ヴェーバーは「天職」概念が好きなのかもしれない。
結構、精神論が好きだったりして。




でも、この就職難の時代、就職にありつけない人達にとって、「天職」って概念は重荷になりかねない。
職を選ぶなんてことより、まずは「食うこと」から考えなきゃならない。
「やりたいこと」を探して自分探しの旅に出てしまうと、なかなか帰って来られない、なんてことになりかねない。


「将来、何になりたいの?」


と子どもに無邪気に質問する前に、その負の面も考えるべきだろうと思うのです。
M.ヴェーバーの主張とは全く関係ない結論ですけど。

蛇足

ちなみに今日からブログのタイトルを変えてみました。